あが》りかかった鉄気水《かなけみず》の流れが、枯葦《かれあし》の間の処々《ところどころ》にトラホームの瞳に似た微《かす》かな光りを放っていた。その暗渠の上を通り越すと彼は、いつの間にか線路の上に歩み出している彼自身を怪しみもせずに、今まで考え続けて来た彼自身の過去の記憶を今一度、シンシンと泌《し》み渡る頭の痛みと重ね合わせて、チラチラと思い出しつづけたのであった。
 そのチラチラの中には純粋な彼自身の主観もあれば、彼の想像から来た彼自身に対する客観もあった。暖かい他人の同情の言葉もあれば、彼の行動を批判する彼自身の冷《つ》めたい正義観念も交《まざ》っていたが、要するにそんなような種々雑多な印象や記憶の断片や残滓《ざんさい》が、早くも考え疲れに疲れた彼の頭の中で、暈《ぼ》かしになったり、大うつしになったり、又は二重、絞り、切組《きりくみ》、逆戻り、トリック、モンタージュの千変万化《せんぺんばんか》をつくして、或《あるい》は構成派のような、未来派のような、又は印象派のような場面をゴチャゴチャに渦巻きめぐらしつつ、次から次へと変化し、進展し初めたのであった。そうして彼自身が意識し得なかった彼
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