踏み入れないからナ……」
といったようなことをクドクドと云い聞かせたのであった。その時には太郎もシクシク泣いていたが、元来|柔順《すなお》な児《こ》だったので、何のコダワリもなく彼の言葉を受け入れて、心からうなずいていたようであった。
それから後というものは彼は毎日、昔の通りに自炊をして、太郎を一足先に学校へ送り出した。それから自分自身は跡片付《あとかたづけ》を済ますと大急ぎで支度を整えて、吾児《わがこ》の跡を逐《お》うようにして学校へ出かけるのであったが、それがいつも遅れ勝ちだったので、よく線路伝いに学校へ駈《か》け付けたものであった。
けれども太郎は生れ付きの柔順《すなお》さで、正直に母親の遺言を守って、いくら友達に誘われても線路を歩かなかったらしく、毎日毎日国道の泥やホコリで、下駄《げた》や足袋《たび》を台なしにしていた。一方に彼は、いつもそうした太郎の正直さを見るにつけて……これは無論、俺が悪い。俺が悪いにきまっているのだ。だけど学校は遠いし、余計な仕事は持っているしで、モトモト自炊の経験はあったにしても、その上に母親の役目と、女房の仕事が二つ、新しく加わった訳だから、登
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