た》らいていたばかりでなく、昨年の正月に血を喀《は》いてたおれた時にも、死ぬが死ぬまで意識の混濁《こんだく》を見せなかったものである。ちょうど十一になった太郎の頭を撫《な》でながら、弱々しい透きとおった声で、
「……太郎や。お前はね。これからお父さんの云付《いいつ》けを、よく守らなくてはいけないよ。お前がお父さんの仰言《おっしゃ》る事を肯《き》かなかったりすると、お母さんがチャンとどこからか見て悲しんでおりますよ。お父さんが、いつもよく仰言る通りに、どんなに学校が遅くなっても鉄道線路なんぞを歩いてはいけませんよ」
なんかと冗談のような口調で云い聞かせながら、微笑しいしい息を引き取ったもので、それはシッカリした立派な臨終であった。
彼はだからその母親が死ぬと間もなく、お通夜《つや》の晩に、忘れ形見の太郎を引き寄せて、涙ながらに固い約束をしたものであった。
「……これから決して鉄道線路を歩かない事にしような。お前はよく友達に誘われると、イヤとも云いかねて、一所に線路伝いをしているようだが、あんな事は絶対に止《や》める事に仕様《しよう》じゃないか。いいかい。お父さんも決して鉄道線路に足を
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