けは事実であった。ダシヌケに大きな声で……ウオイ……という風に……。だから彼はビックリして跳《は》ね起きながら振り返ってみると誰も居ない。雑木林がカーッと西日に輝いて、鳥の声一つ聞こえないのであった。
 それは実に不思議な、神秘的な心理現象であった。最初のうち彼は、そんな声を聞くたんびに髪の毛がザワザワとしたものであったが、しかし、それは一時的の神経作用といったようなものではなかったらしく、その後も同じような……又は似たような体験を幾度となく繰返したので、彼はスッカリ慣れっこになってしまったのであった。
 彼が、やはり数学の問題を考え考えしながら、山の中の細道をどこまでもどこまでも歩いて行くと、いつからともなく向うの方から五六人か七八人位の人数《にんず》でガヤガヤと話しながら、こっちの方へ来る声が聞こえ初める。むろんその道が一本道になっていることを彼は知っているし、遣《や》って来る連中は大人に違いないのだから、その連中に行遭《ゆきあ》ったら、道傍《みちばた》の羊歯《しだ》の中へでも避けてやる気で、やはり数学の問題を考え考え一本道を近付いて行くと、不思議なことにどこまで行ってもその話声の
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