主人公の大人たちに行き遭わない。何だか可笑《おか》しい。変だな……と思ううちに、その細い一本道はおしまいになって、広い広い田圃《たんぼ》を見晴らした国道の途中か何かにヒョッコリ出てしまうのであった。ちょうど向うから来ていた大勢の人間が、途中で虚空《こくう》に消え失《う》せたような気持であった。
それは決して気のせいでもなければ神経作用とも思えなかった。たしかに、そんな声が聞こえるのであった。ちょうど一心に考え詰めているこちらの暗い気持と正反対の、明るいハッキリした声が聞こえて来るので、気にかけるともなく気にかけていると、そのうちに何かしらハッと気が付くと同時に、その声もフッツリと消え失せるような場合が非常に多いのであった。
しかし元来が風変りな子供であった彼は、そんな不可思議現象を、ソックリそのまま不可思議現象として受入れて、山に行くのを気味悪がったり、又は両親や他人に話して聞かせるような事は一度もしなかった。そのうちに大きくなったら解《わ》かる事と思って、自分一人の秘密にしたまま、忘れるともなく次から次に忘れていた。そうして彼は、それから後、中学から高等学校を経て、大学から大学院
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