紋処はいわずと知れた金丸長者の抱茗荷《だきみょうが》と知る人ぞ知る。鼈甲《べっこう》ずくめの櫛、簪《かんざし》に後光の映《さ》す玉の顔《かんばせ》、柳の眉。綴錦《つづれにしき》の裲襠《うちかけ》に銀の六花《むつばな》の摺箔《すりはく》。五葉の松の縫いつぶし。唐渡り黒|繻子《じゅす》の丸帯に金銀二艘の和蘭陀船《オランダぶね》模様の刺繍《ぬいとり》、眼を驚かして、人も衣裳も共々に、実《げ》に千金とも万金とも開《あ》いた口の閉《ふさ》がらぬ派手姿。蘭奢待《らんじゃたい》の芳香《かおり》、四隣《あたり》を払うて、水を打ったような人垣の間を、しずりもずりと来かかる折から、よろよろと前にのめり出た銀之丞、千六の二人の姿に眼を止めた満月は、思わずハッと立佇《たちど》まった。二人の顔を等分に見遣りながら、持って生れた愛嬌笑いをニッコリと洩らして見せた。
魂が見る間にトロトロと溶けた二人は、腰の蝶番《ちょうつがい》が外《はず》れたらしい。眼を白くして、口をポカンと開いたまま、ヘナヘナとその場へ土下座して、水だらけの敷石の上にベッタリと並んで両手を支《つか》えてしまった。茫然として満月の姿を見上げたので
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