はためき。カラリコロリという木履《ぼくり》の音につれて今日を晴れと着飾った花魁衆の道中姿、第一番に何屋の誰。第二番に何屋の某《かれ》と綺羅《きら》を尽くした伊達《だて》姿が、眼の前を次から次に横切っても、人々は唯、無言のまま押合うばかり。眼の前の美くしさを見向きもせず。ひたすらに背後《うしろ》を背後をと首を伸ばし、爪立ち上って、満月の傘を待ちかねている気はいであった。
 銀之丞、千六の姿も、むろんその中に立交《たちまじ》っていた。よもや満月花魁が、俺達の顔を見忘れはしまい……あれ程の仲であったものを……という自惚《うぬぼ》れと、見咎められては生きながらの恥辱という後《うしろ》めたさとが一所《いっしょ》になった心は一つ。互いに後《あと》になり先になり、人垣を押しわけ押しわけ伸び上り伸び上りするうちに、先を払う鉄棒《かなぼう》の響。男衆の拍子木の音。囃《はや》し連《つ》るる三味線太鼓、鼓《つづみ》の音なぞ、今までに例のない物々しい道中の前触れに続いて、黒塗、三枚歯の駒下駄高やかに、鈴の音《ね》もなまめかしく、ゆらりゆらりと六法を踏んで来る満月花魁の道中姿。うしろから翳《かざ》しかけた大傘の
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