あった。
満月の愛嬌笑いは、いつの間にか淋しい、冷めたい笑顔に変っていた。二人の前で駒下駄を心持ち横に倒おして、土をはねかけるような恰好をしたと思うと、銀の鈴を振るようなスッキリとした声で、
「男の恥を知んなんし」
とタッタ一言。白い腮《あぎと》を三日月のように反向《そむ》けて、眉一つ動かさず。見返りもせずに、裲襠《うちかけ》の背中をクルリと見せながら、シャナリシャナリと人垣の間を遠ざかって行った。あとから続く三味太鼓の音。漂い残す蘭麝《らんじゃ》のかおり。
「……満月……満月……」
と囁やき交しながら雪崩《なだ》れ傾いて行く人雑沓《ひとごみ》の塵埃《ほこり》いきれ……。
その中《うち》に両手の穢《よご》れを払いながら立上った二人の顔は、もう人間の表情《かおつき》ではなかった。墓の下からこの世を呪いに出て来た屍鬼《しにん》の形相であった。血の気のない顔に生汗《なまあせ》を滴《したた》らせ、白い唇をわななかせつつ互いの顔を睨み合って、肩で呼吸《いき》をするばかりであった。
「……こ……これが見返さいでいられましょうか」
千六の両眼から涙がハラハラと溢れ落ちた。
「……こ……こ
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