たものらしかったが、さて近付いてみると双方とも思わず声をかけ合ったのであった。
「これは青山様……」
「おお。これは千六どの……」
 二人とも世を忍ぶ身ながらに、落ちぶれて見ればなつかし水の月。おなじ道楽の一蓮托生《いちれんたくしょう》といったような気持も手伝って、昔の恋仇《こいがたき》の意地張はどこへやら。心から手を取り合って奇遇を喜び合うのであった。蒲公英《たんぽぽ》の咲く川堤《かわどて》に並んで腰を打ちかけ、お宮の背後《うしろ》から揚る雲雀《ひばり》の声を聞きながら、銀之丞が腰の瓢《ふくべ》と盃を取出せば、千六は恥かしながら背負うて来た風呂敷包みの割籠《わりご》を開いて、焼いた干鰯《ほしいわし》を抓《つま》み出す。
「満月という女は思うたよりも老練女《てだれもの》で御座ったのう」
「さればで御座ります。私どもがあの死にコジレの老人に見返えられましょうとは夢にも思いかけませなんだが……」
 なぞと互いに包むところもなく、黄金《こがね》ゆえにままならぬ浮世をかこち合うのであった。
「それにしても満月は美しい女子《おなご》で御座ったのう」
「さいなあ。今生《こんじょう》の思い出に今一度
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