勝敗が附きそうになって来た。
青山銀之丞は、宝暦元年の冬、御書院の宝物お検《あらた》めの日が近付く前に、今までの罪の露見を恐れ、当座の小遣のために又も目星《めぼ》しい宝物を二三品引っ抱えて、行衛《ゆくえ》を晦《くら》ましてしまったのであった。
播磨屋千六は、これも満月ゆえの限りない遊興に、敢《あ》えなくも身代を使い果して、とうとう分散の憂目《うきめ》に会い、昨日《きのう》までの栄華はどこへやら、少しばかり習いおぼえた三味線に縋《すが》って所も同じ大阪の町中を編笠一つでさまよいあるき、眼引き袖引き後指《うしろゆび》さす人々の冷笑《あざわらい》を他所《よそ》に、家々の門口に立って、小唄を唄うよりほかに生きて行く道がなくなっている有様であった。
その宝暦二年の三月初旬。桜の蕾《つぼみ》がボツボツと白く見え出す頃、如何なる天道様《てんとうさま》の配合《とりあわせ》であったろうか。絶えて久しい播磨屋千六と、青山銀之丞が、大阪の町外れ、桜の宮の鳥居脇でバッタリと出会ったのであった。
最初は双方とも変り果てた姿ながら、あんまり風采《ようす》が似通っているままに、編笠の中を覗いてみたくなっ
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