からというもの、永年勤めていた烟《けむ》たい番頭を逐《お》い出し、独天下《ひとりてんか》で骨の折れる廻船問屋の采配を振り初めたところは立派であったが、一度、仲間の交際《つきあい》で京見物に上り、眉の薄い、色の白いところから思い付いた役者に化けて松本楼に上り、満月花魁の姿を見てからというもの役者の化けの皮はどこへやら、仲間に笑われながら京都に居残り、為替《かわせ》で金を取寄せて芸者末社の機嫌を取り、満月との首尾のためには清水の舞台から後跳《うしろと》びでも厭《いと》わぬ逆上《のぼ》せよう。自宅《うち》から心配して迎えに来た忠義な手代に会いは会うても、大阪という処が、どこかに在りましたかなあという顔をしていた。

 満月はこの三人に対して締めつ弛《ゆる》めつ、年に似合わぬ鮮やかな手管を使って見せたので、三人の競争はいよいよ激しくなって行くばかり。満月の名娼ぶりの中でも一番すごいのは、その持って生まれた手練手管であることを、三人が三人とも、夢にも気付かぬ気はいであった。どうしてもこの大空の満月を自分一人の手に握り込まねば……という必死の競争を続けるのであった。
 しかし、そのうちにこの競争も
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