《しょうじ》。音もなく開きますれば青々とした三畳敷。五分|縁《べり》の南京更紗《なんきんさらさ》。引ずり小手《ごて》の砂壁。楠の天井。一間二枚の襖は銀泥《ぎんでい》に武蔵野の唐紙。楽焼《らくやき》の引手。これを開きますると八畳のお座敷は南向のまわり縁。紅カリンの床板、黒柿の落し掛。南天の柱なぞ、眼を驚かす風流好み。京中を探しましても、これ程のお座敷はよも御座いますまい。満月どのの満足もいかばかりかと存じておりましたが、満つれば欠くる世の習いとか。月にむら雲。花に嵐の比喩《たとえ》も古めかしい事ながら、さて只今と相成りましては痛わしゅうて、情のうて涙がこぼれまする事ばかり……。
何をお隠し申しましょう。満月ことはまだ手前の処で勤めに出ておりまする最中から、重い胸の疾患《やまい》に罹《かか》っておりましたので、いずれに致しましても長い生命《いのち》ではなかったので御座いまする。されば金丸大尽様からの御身請の御話が御座りました時にも、手前の方から商売気を離れまして、この事を残らず大尽様にお打明け致しまして、かかり付けのお医者様順庵様までも御同席願いました上で、かような不治の疾患《やまい》の
前へ
次へ
全45ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング