者を御身請なぞとは勿体ない。満月ことを左程|御贔負《ごひいき》に思召《おぼしめ》し賜わりまするならば、せめて寮へ下げて養生致させまする御薬代なりと賜わりましたならば、当人の身に取り、私どもに取りまして何よりの仕合わせに御座りまする。所詮、行末の計られませぬ病人を、まんろくな者と申しくるめて御引取願いましては商売冥利に尽きますると平に御宥免《おゆるし》を願いましたが、流石《さすが》に長者様とも呼ばるる御方様の御腹中は又格別なもので、さては又あれが御老人の一徹とでも申上るもので御座いましょうか、いやいやそれは要らざる斟酌。楼主《そなた》の心入れは重々|忝《かたじけ》ないが、さればというてこのまま手を引いてしもうてはこっちの心が一つも届かぬ。商売は商売。人情は人情じゃ。皿茶碗の疵物《きずもの》ならば、疵《きず》のわかり次第棄てても仕舞《しま》おうが、生きた人間の病気は、そのようなものと同列には考えられぬ。袖振り合うも他生《たしょう》の縁とやら。それほどの病気ならばこちらへ引取って介抱しとうなるのが人情。まさかに満月の身体《からだ》を無代価《ただ》で引取る訳には行くまいと仰言る、退引《のっぴ》
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