の茶屋で顔を合わせた。お互いに無事を喜び合い、今までの苦心談を語り合い、この上は如何なる事があっても女の情に引かされまい。満月の手管に乗るような不覚は取るまい。必ず力を合わせて満月を泥の中に蹴落し、世間に顔向けの出来ぬまで散々に踏み躪《にじ》って京、大阪の廓雀《くるわすずめ》どもを驚かしてくれよう。日本中の薄情女を震え上らせて見せようでは御座らぬか……と固く固く誓い固めたのであった。
何はともあれ善は急げ。二人がこうして揃った上は便々《べんべん》と三月十五日を待つ迄もない……というので、二人は顔を揃えて島原の松本楼に押し上り、芸妓《げいしゃ》末社を総上げにして威勢を張り、サテ満月を出せと註文をすると、慌てて茶代の礼を云いに来た亭主が、妙な顔をして二人を別の離《はなれ》座敷に案内した。そこで薄茶を出した亭主の涙ながらの話を聞いているうちに、二人は開いた口が塞がらなくなったのであった。
満月は、モウこの世に居ないのであった。
「お聞き下されませ去年の春。あの花見の道中の道すがら満月が、昔なじみのお二方《ふたかた》様に、勿体ない事を申上げて、お恥かしめ申上ました事は、いつ、誰の口からとも
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