こ》という温泉に涵《ひた》っていた。
 千六はそれから仲間に別れて筑前の武蔵《むさし》、別府、道後と温泉まわりを初めた。たとい金丸長者の死に損いが、如何に躍起となったにしたところが、とても大阪三輪鶴の千両箱を三十も一所《いっしょ》に積みは得《え》せまい。その上に銀之丞殿の蓄えまで投げ出したらば、松本楼の屋台骨を引抜くくらい何でもあるまい。もし又、万一、それでも満月が自分を嫌うならば、銀之丞様に加勢して、満月を金縛りにして銀之丞様に差出しても惜しい事はない。去年三月十五日の怨恨《うらみ》さえ晴らせば……男の意地というものが、決してオモチャにならぬ事が、思い上がった売女《ばいた》めに解かりさえすれば、ほかに思いおく事はない。おのれやれ万一思い通りになったらば、三日と傍へは寄せ附けずに、天の橋立の赤前垂《あかまえだれ》にでもタタキ売って、生恥《いきはじ》を晒《さら》させてくれようものを……という大阪町人に似合わぬズッパリとした決心を最初からきめていたのであった。

 京都に着いても満月の事は色にも口にも出さず。ひたすらに相手の行衛《ゆくえ》を心探しにしていた銀之丞、千六の二人は期せずして祇園
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