ヤマンの梱包が、玄海丸に積込まれた。まだ羅紗と、絹緞《けんどん》と翡翠《ひすい》の梱包が半分以上残っているが、この風と玄海丸の船腹では積切れまいし、こっちも実はこの風が惜しいばかりでなく、非常に先を急ぐのだから、向うの海岸に卸しておく。今一度長崎へ帰って、風を見てから積取りに来いと云って、千六と船頭を卸すと、和蘭《オランダ》船はその夜のうちに、白泡を噛む外洋に出て行ってしまった。
 アト見送った千六は慌しく船頭の耳に口を寄せた。
「直ぐにこの船を出いておくれんか。この風を間切《まぎ》って呼子《よぶこ》へ廻わってんか。途中でインチキの小判と気が付いて引返やいて来よったら叶《かな》わん。和蘭陀《オランダ》船は向い風でも構いよらんけに……呼子まで百両出す。百両……なあ。紀国屋文左衛門や。道程《みちのり》が近いよって割合にしたら千両にも当るてや、なあ。男は度胸や……。あとはコンタの腕次第や。酒手を別にモウ五十両出す……」
 玄海丸は思い切って碇《いかり》を抜いた。それこそ紀国屋文左衛門式の非常な冒険的な難航海の後《のち》、翌る日の夕方呼子港へ這入った。そこで玄海丸を乗棄てた千六は巧みに役人の眼
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