人の顔がズラリと並んで覗いていた。口々に和蘭《オランダ》語で叫んだ。
「何だ貴様は……何だ何だ……」
 千六はもう長崎に来てから、各国の言葉に通じていた。その中《うち》でも和蘭《オランダ》語は最も得意とするところであった。
「福昌号から荷物を受取りに来ました。この頃、長崎の役人の調べが急に八釜《やかま》しくなって、仕事が危険《やば》くなりましたのに、この風で船が出なくなって、皆青くなっているところです。支那人はみんな臆病ですから、私が頼まれて四百五十斤の小判を積んで、嵐を乗切って来たのです。どうぞ荷物を渡して下さい」
 と殆んど疑問の余地を残さないくらい巧妙に、スラスラと説明した。
「フーム。そうかそうか。それじゃ上れ」
 と云うと船から梯子《はしご》を卸《おろ》してくれたので千六は内心ビクビクしながら船頭と二人で上って行った。そうして船長室で船長に会って葡萄酒と珈琲《コーヒー》と、見た事もない美味《おいし》い果物を御馳走になった。
 千六は福昌号の信用の素晴らしいのに驚いた。積んで来た十個の味噌樽が全部、ロクに調べもせずに和蘭《オランダ》船に積込まれて、代りに夥しい羅紗《ラシャ》とギ
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