る朝は、まだ夜《よ》の明けないうちに船頭たちが帰って来た。昨夜《ゆんべ》の酒手が利いたらしくキビキビと立働らいて、間もなく帆を十分に引上げると、港中の注視の的になりながら、これ見よがしに港口を出るや否や、マトモ一パイに孕んだ帆を七分三分に引下げた。暴風雨《あらし》模様の高浪を追越し追越し、白泡を噛み、飛沫《しぶき》を蹴上げて天馬|空《くう》を駛《はし》るが如く、五島列島の北の端、城ヶ島を目がけて一直線。その日の夕方も、まだ日の高いうちに、野崎島をめぐって神之浦《こうのうら》へ切れ込むと、そこへ山のような和蘭陀《オランダ》船が一艘|碇泊《かか》って、風待ちをしているのが眼に付いた。
「ナアルほどなあ。千六旦那の眼ンクリ玉はチイット計《ばか》り違わっしゃるばい。摺鉢《すりばち》の底の長崎から、この船の風待ちが見えとるけになあ。ハハハハ……」
 と感心する船頭の笑い声を眼で押えた千六は、兼ねて用意していた福昌号の三角旗を船の舳に立てさした。風のない島影の海岸近くをスルスルと辷《すべ》るように和蘭《オランダ》船へ接近して帆を卸《おろ》すと、ピッタリと横付けにした。
 船の甲板から人相の悪い紅毛
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