船が出せるかどうか。五島の城ヶ島まで行けるかどうか。船賃は望み次第出すが……と尋ねてみると、淡白らしい船頭は、城ヶ島なら屈託する事はない。心配する間もないうちに行き着いてしまう。ほかの船なら生命《いのち》がけの賃銀を貰うか知れぬが、この玄海丸に限って無駄な銭は遣わっしゃるな。この風に七分の帆を張れば、明日《あす》の夕方までには海上三十里を渡いて見せまっしょ……と自慢まじりに鼻をうごめかすのであった。
 千六は天の助けと喜んだ。すぐに多分の酒手を与えて船頭を初め舟子《かこ》舵取《かんどり》まで上陸させて、自分一人が夜通し船に居残るように計らった。
 船の中が空っぽになって日が暮れると、千六は提灯を一つ点《つ》けて忙がしく働き初めた。十個の味噌桶の底にそれぞれ擬《まが》い小判を平等に入れて、上から鋸屑《おがくず》を被《おお》いかぶせ、その上から味噌を詰込んでアラカタ百斤の重さになるように手加減をした。厳重に蓋をして目張りを打つと、残った味噌と鋸屑《おがくず》は皆、海に投込んでしまった。アトを綺麗に掃出《はきだ》して、海岸を流して行く支那ソバを二つ喰うと、知らぬ顔をして寝てしまった。

 翌
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