が、女に痴呆《ほう》けたために前後を忘れていたに過ぎないので、こうして本気になって、女にも酒にも眼を呉《く》れず、絶体絶命の死身《しにみ》になって稼ぎはじめると、腕っこきの支那人でも敵《かな》わないカンのいいところを見せた。のみならず千六は賭博《ばくち》にも勝《すぐ》れた天才を持っていたらしく、相手の手の中《うち》を見破って、そいつを逆に利用する手がトテモ鮮やかでスゴかったので仲間の交際《つきあい》ではいつも花形になったばかりでなく、その身代は太るばかり。長崎に来てからまだ半年も経たぬうちに、早くも一万両に余る金を貯めたのを、彼《か》の夜の事を忘れぬように三五屋《さんごや》という家号で為替に組んで、大阪の両替屋、三輪鶴《みわづる》に預けていた。従って三五屋という名前は大阪では一廉《ひとかど》の大商人《おおあきんど》で通っていたが、長崎では詰まらぬ商人《あきんど》宿に燻ぶっている狐鼠狐鼠《こそこそ》仲買に過ぎなかった。
その年の秋の初めの事であった。千六は何気なく長崎の支那人街を通りかかると、フト微《かす》かに味噌の臭いがしたので立ち佇まった。そこいらを見まわすと前後左右、支那人の家《
前へ
次へ
全45ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング