うち》ばかりだから韮《にら》や大蒜《にんにく》の臭気《におい》がする分にはチットモ不思議はない筈であるが、その頃までは日本人しか使わない麦味噌の臭気《におい》がするとは……ハテ……面妖な……と思ったのが大金儲《おおがねもうけ》の緒《いとぐち》であったとは流石《さすが》にカンのいい千六も、この時まだ気付かなかったであろう。頻りに鼻をヒコ付かせて、その臭気《におい》のする方向へ近附いて行くうちに味噌の臭気《におい》がだんだんハッキリとなって来た。間もなく眼の前に屹立《きった》っている長崎随一の支那貿易商、福昌号《ふくしょうごう》の裏口に在る地下室の小窓から臭《にお》って来ることがわかった。そっと覗いてみると、暗い、微かな光線の中に一面に散らばった鋸屑《おがくず》の上に、百|斤入《きんいり》と見える新しい味噌桶が十個、行儀よく二行に並んでいる。残暑に蒸《む》るる地下室で、味噌が腐りそうになったので、小窓を開いて息を抜いているものらしかった。
 そこで千六は暫く腕を組んで考えていたが、忽ちハタと膝を打って、赤い舌をペロリと出した。
「……そやそや……味噌桶と見せかけて、底の方へは何入れとるか知
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