尚の足音は渡殿《わたどの》を渡って庫裡《くり》の方へ消えて行った。そこの闇《くら》がりで水を飲む柄杓《ひしゃく》の音がカラカラと聞こえたが、やがて又今度は音も立てずにヒッソリと渡殿を引返して、何やドッと笑い合う賭博《ばくち》連中のどよめきを他所《よそ》に、本堂の外廊下の暗《やみ》に消え込んで行ったと思うと、不思議なるかな。さしもの本堂の大伽藍《だいがらん》の鴨井《かもい》のあたりからギイギイと音を立てて揺れはじめ、だんだん烈しくなって来て本堂一面に砂の雨がザアザアと降り出し、軒の瓦がゾロゾロガラガラと辷り落ちて、バチンバチンと庭の面《も》を打つ騒ぎに、並居《なみい》る渡世人や百姓の面々は、すはこそ出たぞ、地震地震と取るものも取りあえず、燭台を蹴倒し、雨戸を蹴放《けはな》して家の外へ飛び出せば、本堂の中は真暗闇となって、聞こゆるものは砂ほこりの畳に頽雪《なだ》るる音ばかりとなった。
 なれども銀之丞はちっとも驚かなかった。こっそりと渡殿の欄干を匐《は》い上り、本堂の外縁にまわり込んでみると、本堂の真背後《まうしろ》に在る内陣と向い合った親柱を、最前の三多羅和尚が双肌脱ぎとなり、声こそ立て
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