渡世人らしく、頬冠りや向う鉢巻で群がっている穢苦《むさくる》しい老若は、近郷近在の百姓や地主らしい。正面に雲竜《うんりゅう》の刺青《ほりもの》の片肌を脱いで、大胡坐《おおあぐら》を掻いた和尚の前に積み上げてある寺銭が山のよう。盆茣蓙《ぼんござ》を取巻いて円陣を作った人々の背後《うしろ》に並んだ酒肴《さけさかな》の芳香《におい》が、雨戸の隙間からプンプンと洩れて来て、銀之丞の空腹《すきばら》を、たまらなく抉《えぐ》るのであった。
 そのうちに盆茣蓙の真中に伏せてあった骰子《さいころ》壺が引っくり返ると、和尚の負けになったらしく、積上げられた寺銭が、大勢の笑い声の中《うち》にザラザラと崩れて行く。それを見ると和尚が不機嫌そうにトロンとした眼を据えて、
「……これはいかん。ああ。酔うた酔うた。ドレちょっと一パイ水でも呑んで来ようか」
 と云ううちに立上った和尚の物すごい眼尻に引かえて、唇元《くちもと》の微かな薄笑いが、裸体《はだか》蝋燭の光りにチラリと映ったのを銀之丞は見逃がさなかった。
 銀之丞はコッソリと雨戸から離れて、ドシンドシンという和尚の足音が、どこへ行くかを聞き送っていた。
 和
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