、並んで曳かれて行く馬の片陰に近付いた。声高く話す馬士《まご》どもの言葉を一句も聞き洩らすまいと腕を組み直し、笠を傾けて行った。
 菊川の家並《やなみ》外れから右に入って小夜《さよ》の中山を見ず。真直に一里半ばかり北へ上ると、俗に云う無間山《むげんざん》こと倶利《くり》ヶ|岳《だけ》の中腹に、無間山《むげんざん》、井遷寺《せいせんじ》という梵刹《おてら》がある。この寺は昔、今川義元公が戦死者の菩提《ぼだい》のために、わざと風景のよい山の中腹に建てられたもので、寺領も沢山に附いておったが、その後、信長公、秀吉公、東照宮様と代が変って来るうちに、その寺領もなくなり、久しく無住の荒れ寺となって、妖怪《ばけもの》が出るというような噂まで立っていた。
 ところがツイ二三年前のこと、甲州生れの大工上りとかいう全身に黥《いれずみ》をした大入道で、三多羅和尚《さんたらおしょう》という豪傑坊主が、人々の噂を聞いて、一番俺がその妖怪《ばけもの》を退治《たいじ》てくれようというのでその寺に住《すま》い込み、自分でそこ、ここを修繕して納まり返り、近郷近在の無頼漢を集めて御本堂で賭博《ばくち》を打たせ、寺銭《て
前へ 次へ
全45ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング