お耳には却《かえっ》て這入らぬものじゃでのう。……して今日のお召はその事で……」
「まったくその事で御座る。番座限《ここまで》のお話で御座るが……」
「心得ました。八幡口外は仕《つかまつ》らぬ」
「忝《かたじけ》のう御座る。おおかたお側の女《はした》どもの噂からお耳に入ったことと思うが、殿の仰せには、薩藩から余に一言の会釈もせいで、黒田藩士に直々《じきじき》の恩賞沙汰は、この忠之を眼中に置かぬ島津の無礼じゃ。又、塙代奴が余の許しも受けいで、無作《むさ》と他藩の恩賞を受けるとは不埒千万。不得心《ふとくしん》この上もない奴じゃ。棄ておいては当藩の示しにならぬ。家禄を召上げて追放せい。切腹も許さぬ……という厳しい御沙汰じゃが……」
「それは殿のお言葉が、恐れながら順当で御座ろう。とやかく申しても当、上様は御名君のう。天晴《あっぱ》れな御意……申分御座らぬ……」
 尾藤内記は唖然となった。長い顔を一層長くした。玄翁《げんのう》で打っても潰れそうにない淵老人の頑固|面《づら》を凝視した。

       二

「……これは如何《いかが》なこと……御老人までがその連れでは拙者、立つ瀬が御座らぬ。塙
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