代与九郎の家は三百五十石、馬廻《うままわ》りの小禄とは申せ、先代|与五兵衛尉《よごへいのじょう》が、禁裡馬術の名誉以来、当藩馬術の指南番として、太刀折紙《たちおりがみ》の礼を許されている大組格《おおくみかく》の名家じゃ。取潰すとあれば親類縁者が一騒動起すであろう」
「イヤ。大騒動を起させるが宜《よ》う御座ろう。却《かえっ》て見せしめになりましょうぞ」
「いかなこと。殿の御意もそこで御座る」
「さればこそ。結構な御意……我君は御名君。老人、胸がスウーッと致した。早々与九郎を追放されませい」
「ささ。それが左様《さよう》手軽には参らぬ。与九郎奴の追放は薩藩への面当《つらあて》にも相成るでな」
「イヨイヨ面白いでは御座らぬか。この頃のように泰平が続いては自然お納戸の算盤《そろばん》が立ち兼ねて参りまする。ドサクサ紛れに今二三十万石、どこからか切取らねばこのお城の馬糧《かいば》に足らぬ。手柄があっても加増も出来ぬとあれば、当藩士の意気組は腐るばっかり。武芸|出精《しゅっせい》の張合が御座らぬ。主君の御癇癖も昂《たか》まるばっかり……取潰し結構。弓矢出入り尚更《なおさら》結構……塙代与九郎を槍玉
前へ 次へ
全37ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング