たんに御本丸から吹きおろす大体|颪《ねおろし》に、返咲きの桜が真白く、お庭一面に散乱した。言い知れぬ殺気が四隣《あたり》に満ち満ちた。
 この上は取做《とりな》せば取做すほど語気が烈しくなる主君の気象を知り抜いている大目付役、尾藤内記は、慌しくスルスルと退《の》いた。すぐにも下城しそうな足取りで、お局《つぼね》を出たが、しかし、お局外の長廊下を大書院へ近づくうちに次第次第に歩度が弛《ゆる》んで、うなだれて、両腕を組んだ。思案に暮れる体《てい》でシオシオとお屏風の間《ま》まで来た。
「何事で御座った。大目付殿……」
 お納戸頭《なんどがしら》の淵《ふち》金右衛門という老人が待兼ねておったように大屏風の蔭から立現《たちあら》われた。
「おお。御老人……」
 と内記は助船《たすけぶね》に出会うたように顔を上げた。ホッと溜息をした。
「よいところへ……ちょっとこちらへ御足労を……少々内談が御座る。折入ってな……」
「内談とは……」
「御老体のお知恵が拝借したい」
「これは改まった……御貴殿の御分別は城内一と……ハハ……追従《ついしょう》では御座らぬ。それに上越《うえこ》す知恵なぞはトテモ拙者に
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