与九郎奴を、肥後、薩摩の境い目まで引っ立てて討ち放せ。その趣意を捨札《すてふだ》にして、あすこに晒首《さらしくび》にして参れ。他藩主の恩賞なんどを無作《むさ》と懐中に入れるような奴は謀反、裏切者と同然の奴じゃ。天亀、天正の昔も今と同じ事じゃ。わかったか」
「ハハ。一々|御尤《ごもっと》も……」
「肥後殿も悪《あ》しゅうは計《はか》ろうまい。薩藩とは犬と猿同然の仲じゃけにの……即刻に取計《とりはか》らえ……」
「ハハ。追放……追放致しまする。追放……あり難き仕合わせ……」
「ウム。塙代《ばんだい》与九郎奴は切腹も許さぬぞ。万一切腹しおったらその方の落度ぞ。不埒な奴じゃ。黒田武士の名折れじゃ。屹度《きっと》申付けて向後《こうご》の見せしめにせい。心得たか。……立てッ……」
戦国武士の血を多分に稟《う》け継いでいる忠之は、芥屋《けや》石の沓脱台《くつぬぎ》に庭下駄を踏み鳴らして癇を昂《たか》ぶらせた。成行によっては薩州と一出入り仕兼ねまじき決心が、その切れ上った眥《まなじり》に見えた。お庭に立並んでいた寵妾お秀《ひで》の方を初め五六人の腰元が固唾《かたず》をのんで立ち竦《すく》んだ。
と
前へ
次へ
全37ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング