かかった。七代は両手を泉水に突込んだまま一太刀|毎《ごと》に穢《きたな》い死に声を絞った。

       五

 与一は二つの女首を泉水に突込んで洗った。長襦袢の袖に包んで左右に抱えた。真紅《まっか》な足袋|跣《はだし》のまま離れ座敷を出ると、植込みの間に腰を抜かしている若党勇八を尻目に見ながら、やはり足袋跣のまま、悠々と玄関脇の仏間へ上って来て、低い位牌壇の左右に二つの首級《くび》を押し並べた。赤い袖の頬冠りをした女首が、さながらに奇妙な大輪の花を供えたように見えた。
 与一はそこで汚れた足袋を脱いで植込みの中へ投げた。それから台所の雑巾を取って来て、縁側から仏間へ続く血と泥の足跡を拭《ぬぐ》い浄《きよ》めた。水棚へ行って仕舞桶《しまいおけ》で顔や両手をよく洗って、乾いた布巾《ふきん》で拭い上げた。それから水をシタタカに飲んで玄関の方へ行きかけたが又、思い出したように仏間へ引返して線香を何本も何本も上げた。
 血の異臭と、線香の芳香《かおり》が暗い部屋の中に息苦しい程みちみちた。その中に座り込んだ与一は仔細らしく両手を合わせた。
「開けい、開けい……誰も居《お》らぬか……」
 表戸
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