の懐紙を投げた。床の間の青磁の香炉をタタキ付けた。ギヤマンの茶器を銀盆ごと投げ出した。九谷の燗瓶を振り上げた。皿、鉢、盃洗《はいせん》、猫足《ねこあし》膳などを手当り次第に打ち付けた。
 与一は右に左に翻《かわ》して血刀を突き付けた。
「与一《よっ》ちゃま。堪忍……かんにんして……妾《わたし》ゃ知らん。知らん。何にも知らん。姉さんが悪い姉さんが悪い」
「畜生ッ……外道ッ……」
 と与一は呼吸を喘《はず》ませた。
「逃がすものか……」
「アレエッ。誰か出会うてッ。与一《よっ》ちゃまが乱心……ランシイ――ンン……」
「おのれッ……云うかッ……おのれッ……」
 東の縁側から逃げ出した七代の乱れた髻《もとどり》に、飛鳥のごとく掴みかかった与一は、そのまま飛石《とびいし》の上をヒョロヒョロと引き擦《ず》られて行った。金剛兵衛《こんごうへえ》を持直す間《ま》もなく泉水の側まで来た。脱げかかった帯と長襦袢に足元を絡まれた七代はバッタリと低い石橋の上に突っ伏した。その後髪を左手に捲き付けた与一は、必死と突伏し縮める白い頸筋をグイグイと引起しざま、
「……エイッ……エイッ……」
 と片手なぐに斬り放しに
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