ラに乱した与一昌純が、袴の股立《ももだち》を取って突立っていた。塙代家の家宝、銀|拵《ごしら》え、金剛兵衛盛高《こんごうへえもりたか》、一尺四寸の小刀を提《ひっさ》げて、泥足袋のまま茫然と眼を据えていた。
「アレ。与一《よっ》ちゃま。どうなされました」
 とお八代がしどけない姿のまま走り寄ったが、その間髪を容《い》れず……
「小母様……御免ッ……」
 と叫ぶ与一の声と共に、眩しい西日の中で白い冷たい虹が翻《ひるが》えった。はだかったマン丸いお八代の右肩へ、抜討ちにズッカリと斬り込んだ。血飛沫《ちしぶき》が障子一面に飛んで、白い乳の珠《たま》がトロトロと紅い網に包まれた。
「ア――ッ」
 とお八代が腸《はらわた》の底から出る断末魔の声を引いた。そのまま、
「……与一《よっ》ちゃまアッ……」
 と抱き付こうとする胸元を、一歩|退《しりぞ》いた与一がズップリと一刺し。
「……ヨ……よっちゃまアアアア……」
 と虫の息になったお八代はバッタリと横たおしになった。
 七代はしかし声も立てなかった。身を翻えして夜具の大波を打つ座敷へ走り込んだ。高枕と括《くく》り枕を次から次と与一に投げ付けた。枕元
前へ 次へ
全37ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング