記は突然に話題を改めた。
「さようさよう。通《とおり》町の西村家から養子に参って只今隠居しておりまするが、伜の与十郎夫婦は、いずれも早世致して、只今は取って十三か四に相成る孫の与一が家督致しておりまする。采配は申す迄もなく祖父の与九郎が握っておりましょうが、孫の与一も小柄では御座るがナカナカの発明で、四書五経の素読《そどく》が八歳の時に相済み、大坪流の馬術、揚真流の居合なんど、免許同然の美事なもの……祖父の与九郎が大自慢という取沙汰で御座りまする」
「ウーム。惜しい事で御座るのう。その与九郎の里方、西村家の者で、与九郎の不行跡を諫《いさ》める者は居りませぬかのう」
「西村家は大組千二百石で御座るが、一家揃うての好人物でのう。手はよく書くので評判じゃが」
「ハハハ。武士に文字は要らぬもので御座るのう。このような場合……」
「その事で御座る。しかし与九郎が不行跡を改めましたならば、助ける御工夫が御座りまするかの。大目付殿に……」
「さよう。与九郎が妾どもを逐《お》い出して、見違えるほど謹しんだならば、今一度、御前体《ごぜんてい》を取做《とりな》すよすが[#「よすが」に傍点]になるかも知れぬ
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