手火事を焼き出そうやら知れぬ。どのように間違うた尾鰭《おひれ》が付いて、どのような片手落の御沙汰が大公儀から下ろうやら知れぬ。それが主君《との》の御癇癖に触れる。大公儀の御沙汰に当藩が承服せぬとなったら、そこがそのまま大公儀の付け目じゃ。越前宰相殿、駿河大納言殿の先例も近いこと。千丈の堤も蟻《あり》の一穴《いっけつ》から……他所事《よそごと》では御座らぬわい。拙者の苦労は、その一つで御座る」
「フーム。いかにものう」
と淵老人も流石《さすが》に腕を組んで考え込んだ。青菜に塩をかけたようになって嘆息した。
「成る程のう。そこまでは気付かなんだ。……しかし主君《との》はその辺に、お気が付かせられておりまするかのう」
「御存じないかも知れぬが、申上げても同じ事じゃろう」
「ホホオ。それは又、何故《なにゆえ》に……」
「余が家来を余が処置するに、何の不思議がある。……黒田忠之を、生命惜しさに首を縮めている他所《よそ》の亀の子大名と一列とばし了簡《りょうけん》違いすな……。そのような立ち入った咎《とが》め立てするならば、明国、韓国、島津に対する九州の押え大名は、こちらから御免を蒙《こうむ》る。
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