情の一つであろう。
「きょうは何日……」
「……五月……ジュ……サンニチ……」
「エッ……十三日……ほんとか……」
「……ホント……です……」
と云ううちにアダリーは壁際の小|卓《テーブル》の上に置いてある新聞を取って見せた。私は引ったくるようにして日附を見た。東京昼夜新聞一万八千二十一号昭和九年五月十三日……日露国交好転……欧洲再び戦乱の兆。
「ここはどこ……」
「古木レントゲン病院……」
私は唖然となった。しかし間もなく吾に帰ると飛び上って叫んだ。
「オイ大変だ大変だ……先生……古木先生を呼んで来てくれ」
私の吃驚《びっくり》し方《かた》があんまりひどかったものでアダリーも驚駭《びっくり》したらしい。両手を頭の上に差上げ差上げアヤツリ人形のように両膝を高く揚げながら駈け出して行った。
予定の日数よりも三日ほど生き伸びている。心臓に手を当ててみると、相も変らずハッキリした流れをトクントクンと打っている。……冗談じゃない。
訳がわからぬまま、クシャクシャになった頭を掻きまわしたり、鬚だらけになった顎をゴリゴリ撫でまわしたりしているところへ扉《ドア》をノックして、古木先生が悠然
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