から、私は云い知れぬなつかし味をおぼえながら眺めているところへ、一おどり踊り終ったその男は、桃色に染った口をハンカチで拭き拭きすぐ私の傍《そば》の安楽椅子へ来てドッカリと腰をかけた。
「やー、どうも失礼しました」
ヒョッコリと私に向って頭を下げた。何のわだかまりもない風付《ふうつ》きで私にシャンパンのコップをすすめた。
「ありがとう御座います。しかし頂きません」
私がこう云って頭を下げると相手の男は見る見る妙な顔になって、私を見た今までの快活さはどこへやら、暫くの間ジイッと顔の筋力を剛《こわ》ばらせて、不思議な事に私の顔を凝視している様子であったが、やがてホッとため息しいしい大きく一つうなずいた。
「ハハアー、貴方は心臓がお悪いですな」
私の心臓が大きく一つドキンとした。
「エッ……ど……どうしておわかりになりますので……」
「アハハ、お顔色でわかります。大動脈瘤でしょう」
「……………」
私はもうすこしで気絶するところであった。その私の眼の前へ、男は名刺を差出した。受取って見ると、「レントゲン専門医学士|古木亘《ふるきわたる》」と明朝体で印刷してある。私はこの男の肉眼までが、
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