ウトウトしかけて行った。眠ってはならぬと思いながら。

「旦那様……まいりました」
 耳元で呼ぶ声がする。
「オイ来た」
 反射的に私は身を起した。女運転手は冷笑しいしい、クッションの下から這い出した私の腕をとらえて、コンクリート造りの大きな西洋館に連れ込んだ。
 表柱の標札を見ると天洋ホテル、伊勢崎町と書いてある。いつの間にか横浜へ来たのだ。
 女運転手は私を二階の十二号の特等室に案内した。
「ちょっとここでお待ちになって下さい」
 と云ったまま、サッサと出て行ってしまった。靴を脱いで、私はスッカリ眼が冴えたままベットの上に長くなった。豆の出来た足を揉み揉み女運転手が帰って来るのを待った。
 十分……二十分……三十分……。
 私はイヨイヨ彼女が来ない事がわかると又もジリジリと緊張して来た。さてはイヨイヨインチキホテルだな。この俺を捕まえて変な真似をしやがったら、それこそ運の尽きだぞ。どっちにしても冥土の道連れだ。東京で失敗した埋め合わせだ。どうするか見やがれ……といったような気もちで手を伸ばすと枕元のベルを二つ三つ押してみた。
 翌日出帆の上海《シャンハイ》行汽船の白切符を買って来い
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