でね。非常線が張ってあるんです。私は横浜の免状を持っておりますし、車も横浜のですから帰れるには帰れるんですが。旦那が無事に通れますかどうか」
「アハハハ、馬鹿にするない、俺が殺したんじゃあるまいし」
 女運転手はニヤリと冷たく笑った。
「何とも知れませんわねえ。……でもあなたさえよかったら、方法があるんですが……」
「……フーム。どうするんだい」
「その腰かけの下へ寝るんです」
「何……この下へ……」
 私はソロソロ動き出して車の中で立上って座席のクッションを持上げてみた。
 ……何と……座席の下はチャント革張りの寝床になって、空気枕さえ置いてある。四方が金網張りで、空気が、自由に出入りするようになっているところを見ると、この車は尋常の車でない。そう気が付くと同時に私は一瞬間色々な想像を頭の中で急転さしたが、この際躊躇している場合でないと思った。
 で、思い切ってこの中にモグリ込んで、紙幣《さつ》をひっぱりだした。
「ホラ十円遣る」
「ありがとう御座います。後から頂きます」
 といううちに運転手は猛然とスピードを出した。ブンブンいうエンジンの音を聞いているうちに、疲れ切った私はとうとう
前へ 次へ
全55ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング