歩き出した。どこへ行くかわからないまま……。
三
私は割り切れない不思議な出来事の数々を考え考え暗闇《くらやみ》の中を二三町ほど手捜《てさぐ》りに歩いて行った。
この上もない卑怯者と思い込んでいた伯父が、この上もなく勇敢に死んで行った事実。その死体が、いつかの間に消え失せた事実。アダリーが私の正体を知っている不思議さ。伯母が私の名前を知っている不思議さ。伯父の死に無関心な伯母とアダリーの白々しい芝居。この伯母が、私の動脈瘤に寄せた深刻な同情……それからあの寝台のトリック……この抜け穴……理窟に合わない事ばかりだ。夢に夢見るような不思議な事ばかりだ。よく私の心臓がパンクしなかった事と思う。今日か明日《あす》に運命が迫っているのに……など思い思い手捜《てさぐ》りをして行くうちに、又一つの階段にぶつかった。螺旋《らせん》型になっているようだ。それを二三十段登り詰めてからマッチを摺《す》ると、回転|扉《ドア》らしいものにぶつかった。上下に手の汚れが附いている。下の方を押してみると案の定クルリと廻転して、美事なアパートの一室に出た。――窓から覗くと下は銀座一丁目の往来だ。
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