ソメソ泣出したのだから、面喰わざるを得ない。
「どうしたんだ一体……」
「兄さんッ。僕は……僕はホントの事を云います」
 激情に満ち満ちた声で叫んだ弟はイキナリ私の頸《くび》ッ玉に飛付いた。横頬を私の胸にスリ付けてシャクリ上げシャクリ上げ云った。
「……ナ……何だ。何をしたんだ」
「兄さんの生命《いのち》はモウ……今から二週間と持ちませんッ」
「……ナ……なあんだ。そんな事か……アハハハハ……」
 私は咄嗟《とっさ》の間に、わざとらしい豪傑笑いをした。トタンに横腹がザワザワと粟立《あわだ》って、何かしら悲痛な熱いものが、胸先へコミ上げて来るのをグッと嚥《の》み下した。
「フウーン。やっぱり胃癌だったのかい」
 弟は私の肩に縋り付いたまま青白い顔を痙攣《ひっつ》らせて私を仰いだ。
「……モット……モット恐ろしい物なんです。兄さんの心臓に大きな大動脈瘤が在るんです」
「フーム。大動脈瘤……」

 私は動脈瘤の恐ろしさを知っていた。
 俺は黴毒《ばいどく》なんかには罹《かか》らないとか何とか云って威張っている奴の血液の中にコッソリ居残っている黴毒の地下細胞菌が、ずっと後《あと》になって色んな
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