って、このQ大学のレントゲン室に出勤している者であるが、タッタ一人の骨肉の兄である私の貧乏に遠慮して、今だに背広服を作り得ずに、金釦《きんボタン》の学生服のままで勤務している純情の弟……恋愛小説の挿画みたような美青年《シイクボーイ》の癖に、カフェエなんか見向きもしない糞真面目な弟……そいつが何か悪い事でもしたかのように私の前にうなだれてメソメソ泣いているから、おかしい。
 私は又、その弟と正反対に小さい時から頑丈な体格で頭が頗《すこぶ》る悪い。早稲田文学士の肩書を持ちながら柔道五段の免状を拾っているお蔭で、辛うじてこのQ大の柔道教師の職に喰い下っている武骨者であるが、ツイこの頃軽い胃潰瘍《いかいよう》の疑いで、Q大附属のこの病室に入院した。ところが、その胃潰瘍が程なく全快して、出血が止ったので念のために、この胃潰瘍が癌《がん》になっているかいないかを調べる目的で|X光線《レントゲン》にかかって、レントゲン主任の内藤医学士から「異状無し」と宣告されたのでホットして帰って来て寝台に引っくり返ったばかりのところであった。その矢先に突然にレントゲン室から帰って来た弟が、私の枕元に突立ったままメ
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