が滴《したた》るよう……中心《なかご》に「建武五年。於肥州平戸《ひしゅうひらとにおいて》作之《これをつくる》。盛広《もりひろ》」と銘打った家伝の宝刀である。近いうちにこの切先が、私の手の内で何人かの血を吸うであろう……と思うと一道の凄気《せいき》が惻々《そくそく》として身に迫って来る。
私は短刀をピッタリと鞘に納めて、枕元に突込んだ。
電燈を消して静かに眼を閉じてみると、今朝《けさ》からの出来事が、アリアリと眼の前に浮み上って来る。
今朝……四月二十七日の午前十一時頃の事、雨の音も静かなQ大医学部、大寺内科、第十一号病室の扉《ドア》を静かに開いて、私の異母弟《おとうと》、友石友次郎《ともいしともじろう》が這入《はい》って来た。死人のような青い顔をして、私の寝台の前に突立った彼は、私の顔を真正面《まとも》に見得ないらしく、ガックリと頭を低《た》れた。間もなく長い房々した髪毛《かみのけ》の蔭からポタポタと涙を滴《た》らし初めた。
……妙な奴だ。私は寝台の中から半身を起した。
私とは正反対のスラリとした痩型の弟である。永い間、私の月給に縋《すが》って、ついこの頃銀時計の医学士にな
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