に相違ないがね。吾々の仕事となるとナカナカそうは行かないんだ。医学関係の問題だけでも研究の余地が無限に拡がっているのに、医学以外のありとあらゆる不可思議現象に対して、責任ある断定を下さなければならないから往生するよ。
 チョット呼ばれて裁判所に行っていると、この証文の墨色の真偽を鑑定しろと来るんだ。マルッキリ医者の仕事じゃないやね。
 この帽子を冠った奴の職業と年齢を問う。この蠅は生後何箇月ぐらいで如何なる処に発生したるものなりや……なんかと来る。今に火星人類の指紋の有無を尋ねられるんじゃないかと思ってビクビクするね。しかもそのたんびに宣誓させられるんだから遣《や》り切れないよ。法医学部専門の大英百科全書を買ってくれと、毎年毎年予算に出してはいるがね。ナカナカ買ってくれないので困っているんだ。イヤ、笑いごとじゃないんだよ。大英百科全書を引っくり返せば直ぐにわかる事を、ワザワザ吾輩の処へ尋ねに来る裁判所や、警察があるんだからね。チョイチョイ……。
 その癖、鑑定は鑑定だけで、事件の真相になんか触れさせないまま追払《おっぱら》われる事が、極めて多いんだ。吾々に支払う蚊の涙ほどの鑑定料が惜し
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