ろしがって、外から雨戸を目張りしただけで消毒したらしく、家の中の品物が一つも動かしてなかったのが非常な天祐であった。薬局といっても裏口の横の納戸《なんど》みたいな四畳半の押入を利用したものに過ぎなかったが、そこの襖《ふすま》が半開きになっている。その鼻の先の中棚に直径一|寸《すん》五|分《ぶ》、高さ三寸位の茶色の薬瓶がタッタ一つ、向うの薬棚から取出したまま置いてある。白いレッテルには右から左へ横へ「吐酒石酸《としゅせきさん》」という活字が四個行列している。白い吐酒石の結晶が瓶の周囲にバラバラと零《こぼ》れ散らかっているのが何よりも先に眼に付いた。
それを見た途端《とたん》に、ハハア、これは吐酒石酸を飲み過ぎたんだナ……と思った。
吐酒石酸というのは毒薬自殺や何かの時に重宝《ちょうほう》な薬で、この薬をホンノちょっぴり人間に服《の》ませると、忽ち胃袋のドン底まで吐瀉して終《しま》うから毒がまわらないうちに助かるんだ。牛馬が毒草を喰った時なんかにも同じ理屈で使用される薬なんだが、その代りに分量を誤ると、実に急劇、猛烈な吐瀉を起すために体内の水分がグングン欠乏する。下痢をしない虎列剌《コ
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