にシッカリと抱《だ》き抱《かか》えて、身体《からだ》中血だらけになって、やっとの思いで、小舎《こや》の処へ帰って来ました。
 けれども私たちの小舎《こや》は、もうそこにはありませんでした。聖書や枯れ草と一緒に、白い煙となって、青空のはるか向うに消え失せてしまっているのでした。

       *

 それから後《のち》の私たち二人は、肉体《からだ》も霊魂《たましい》も、ホントウの幽暗《くらやみ》に逐《お》い出されて、夜となく、昼となく哀哭《かなし》み、切歯《はがみ》しなければならなくなりました。そうしてお互い相抱き、慰さめ、励まし、祈り、悲しみ合うことは愚か、同じ処に寝る事さえも出来ない気もちになってしまったのでした。
 それは、おおかた、私が聖書を焼いた罰なのでしょう。
 夜になると星の光りや、浪の音や、虫の声や、風の葉ずれや、木の実の落ちる音が、一ツ一ツに聖書の言葉を※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささ》やきながら、私たち二人を取り巻いて、一歩一歩と近づいて来るように思われるのでした。そうして身動き一つ出来ず、微睡《まどろ》むことも出来ないままに、離れ離れになって悶《も
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