きどよめく波の間を、遊び戯れているフカの尻尾《しっぽ》やヒレが、時々ヒラヒラと見えているだけです。
 その青澄《あおず》んだ、底無しの深淵《ふち》を、いつまでもいつまでも見つめているうちに、私の目は、いつとなくグルグルと、眩暈《くる》めき初めました。思わずヨロヨロとよろめいて、漂い砕くる波の泡の中に落ち込みそうになりましたが、やっとの思いで崖の端に踏み止まりました。…………と思う間もなく私は崖の上の一番高い処まで一跳びに引き返しました。その絶頂に立っておりました棒切れと、その尖端《さき》に結びつけてあるヤシの枯れ葉を、一思《ひとおも》いに引きたおして、眼の下はるかの淵に投げ込んでしまいました。
「もう大丈夫だ。こうしておけば、救いの船が来ても通り過ぎて行くだろう」
 こう考えて、何かしらゲラゲラと嘲り笑いながら、残狼《おおかみ》のように崖を馳け降りて、小舎《こや》の中へ馳け込みますと、詩篇の処を開いてあった聖書を取り上げて、ウミガメの卵を焼いた火の残りの上に載せ、上から枯れ草を投げかけて焔を吹き立てました。そうして声のある限り、アヤ子の名を呼びながら、砂浜の方へ馳け出して、そこいらを見
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