ーツの上にのけぞった。
「……むむッ……チ……畜生ッ。もう……来……た……か……」
と切れ切れに叫びかけたが、その言葉尻にはヘンテコな節が付いて、流行《はやり》唄の末尾のように意味を成さないまま、わななきふるえつつ消え失せた……と思う間もなく、喰い縛った歯の間から凩《こがらし》のような音を立てて、泡まじりの血を噴き出した。
しかし品夫は依然として手を弛《ゆる》めなかった。相手の腕の力が抜けて来れば来るほど、スブスブスブと深くメスを刺し込んで行った。そうして大浪《おおなみ》を打つ患者の白いタオル寝巻の胸に、ムクムクムクと散り拡がって行く血の色を楽しむかのように、紅友禅の長襦袢の袖を、左手でだんだん高くまくり上げて、白い、透きとおるような二の腕を、力一パイにしなわせながら、ジロリジロリと前後左右を見まわしていたが、やがて眼の前の逞ましい胸が、一しきりモリモリモリと音を立てて反《そ》りかえって来たと思う間もなく、底深い、血腥《ちなまぐさ》い溜息と一所に、自然自然とピシャンコになって行くのを見ると品夫は、白い唇をシッカリと噛み締めたまま眼を細くして、メスを握り締めている自分の手首を凝視した
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