曲ったが、やがて、その行き詰まりに在る特等病室の前に来た。そうして、やはり何の躊躇《ちゅうちょ》もなく真鍮《しんちゅう》のノッブを引いた。
十|燭《しょく》の電燈《でんき》に照らされた鉄の寝台《ベッド》の上には、白い蒲団を頭から冠っている人間の姿がムックリと浮き上っていた。その上にメスを捧げたまま、品夫は何かしらジッと考え込んでいるようであったが、やがて上の蒲団を容赦なく引き除《の》けると、髪毛《かみのけ》を濛《もう》と空中に渦巻かせて、寝床《ベッド》の中に倒れ込むようにメスを振りおろした。その枕元から、白い散薬の包紙が一枚、ヒラヒラと床の上に舞い落ちた。
「ムム……オオッ……」と夢のような叫び声がして、白いタオル寝巻に包まれた、青黒い巨大な肉体が起き上りかけた。それはイガ栗頭の黒木繁であったが、毛ムクジャラの両腕を引き曲げて、寝巻の胸に沈み込んだメスの柄を、品夫の右腕と一緒に無手《むず》と掴んだ。
……しかし、それをドウしようというような力はもう無かった。血走った白眼を剥《む》き出して、相手の顔をクワッと覗き込んだが、乱れた髪毛の中を一眼見ると、そのまま両眼をシッカリと閉じて、シ
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