リノリウムの上を、やはり一直線に進んだらしく、間もなく突き当りの扉《ドア》を押す音がした……と……やがて診察室の中央に吊るされた電球が、眼も眩《くら》むほど輝き出した。
暖かい奥座敷から、急に氷点以下の寒い処に出て来たせいか、品夫の血色は全く無くなっていた。顔も手足も、それこそ雪のように真白く透きとおっていたが、それが黒い髪を長々とうしろへ垂らして、燃え立つような長襦袢を裾も露《あら》わに引きはえつつ、青白い光線をふり仰いで眼を細くした姿は淫《みだ》りがましいと云おうか、神々《こうごう》しいと形容しようか。人間の眼に触れてはならぬ妖艶《なまめか》しさの極み……そのものの姿であった。
しかし、雪に鎖《とざ》された藤沢病院の、深夜の診察室に、こんな姿が立ち現われていようことは、誰一人思い及び得よう筈が無かった。すべては零下何度の空気に包まれて、シンカンと寝静まっていた。そのような静けさの中にスックリと立ち止まった品夫は、いかにも眩《まぶ》しそうなウッスリした眼つきで、そこいらを一渡り見まわしていたが、間もなく室《へや》の隅に置いてある四方硝子張りの戸棚に眼をつけると、ヒタヒタと歩み寄っ
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