るように、両方の掌《てのひら》をシッカリと押し当てて、素足のまま寝床を降りると、スラスラと畳の上を渡って、芭蕉布《ばしょうふ》張りの襖《ふすま》に手をかけた。その時に、畳に引きはえた襦袢の裾《すそ》が、枕元に近いお盆の上の注射器に触れてカラカラと音を立てた。それにつれて、睡っていた健策が、すこしばかり大きな寝息をしたが、品夫は別に見向きもせず、足を止めようともしなかった。
芭蕉布の襖が音もなく開くと、寒い風が一しきりスースーと流れ込んで来た。しかし品夫は、そのあとを閉める気も無いらしく、次の間の障子を今一つスーと開くと、そのまま明るい廊下へ出た。その廊下の一方は硝子《ガラス》雨戸になっていて、黒々と拭き込んだ板張りにも、外のお庭の雪の植込みの上にも、タッタ今晴れ渡ったばかりのニッケル色の空から、スバラシイ満月の光りがギラギラとふるえ落ちていたが、品夫は、やはり、そんな光景には眼もくれなかった。恰《あたか》も何者かに導かれるように、半開きの瞳の前の冷たい空間を凝視しつつ、一直線に長い廊下を渡りつくしたが、その行き止まりに在る青ペンキ塗りの扉《ドア》を開いて、薬局の廊下に這入ると、真暗な
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