の余り夢中になって逃げ出した……そうしてお話しのような奇禍に遭《あ》われたのではなかったかと考えられるのです」
「ハハア……」
 と健策はいよいよ不安らしくグッと唾液《つば》を嚥《の》み込んだ。
「……しかしその証拠は……」
「……イヤ。証拠と云われると実に当惑するのですが……要するにこれは私の直感なのですから……しかし実松氏が、この甥の当九郎を愛しておられた程度が、普通の人情を超越していたらしい事実や、全財産を現金にして絶対秘密の場所に隠していたところなどを見ると、実松氏はどうしても、或る一種の超自然的な頭脳の持主としか思われないのです。従ってそうした脅迫観念に囚《とら》われ易い……」
「……イヤ……解りました……」
 こう云いながら相手の話を遮《さえぎ》り止めた健策は、急に長椅子の上に居住居《いずまい》を正した。踏みはだけた膝の上に両肱《りょうひじ》を突張って、二三度大きく唾を嚥《の》み込むうちに、みるみる蒼白《まっさお》な顔になりながら、物凄い眼《まなこ》で相手を睨み付けた。唇をわななかせつつ肺腑《はいふ》を絞るような声を出した。
「……イヤ。よくわかりました。今まで全く気が付か
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